にんげんであること アウシュビッツから
昨日は利用者さんとヒトラーの映画みました
アウシュビッツはいつか
一生に一度行きたいなと
去年8月にうかがって
ポーランドの美しさと
にんげんが作った残酷さに衝撃をうけました。
胸をつん裂くその過去
なにかがあるから胸に残る
なにかの反動でそれが頭をよぎる
たった三日間でしたが
いまでもわたしをつくるアイデンティティの一つになっています。
人間が人間を
容易く殺める
おなじにんげんがしてきたこと
そう遠くない過去のこと
生きていくための智慧
ドストエフスキーやアンネ…
その事実を前に感じたこと
それさえも考えることを拒否してしまうような事態の中から
人間の深さ儚さを知りました。
その人間がつくってきた
かなしい歴史はここでは書ききれないほどです。
しかしながらそれらの事態に対して
受けとめてまえにすすむこと
真実を知り糧にできるように
かんがえるのが
人間が与えられた力で
人間はつよいけどよわい部分もあって
なにかに対する怒りや哀しさ悩めて
よろこびとしあわせを保てる思考が
もてて
生きているやさしさやきびしさは
その愛からきている
ほかの動物たちがもっているもの
人間しかもてないもの
その深さ
わたしたちに与えられたなにかは
人間として生きることが
何よりもかえがたい糧となる気がします
ねむいので今朝はこの辺で笑
だれかに伝えたい内容がブログになった件でした笑